You are what you eat

今から去ること3年前、2015年8月29日 午前1時35分に田口昌平さんが逝去されました。

このサイトを立ち上げるきっかけとなった田口さんの未公開エピソードがありましたので、改めて公開させていただきます。

3年経って、今の状況に照らしあわせると、どう見えてくるのでしょうか。
クラフトビールとは何なのか、改めて考えさせられます。

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ホップの生産量

ホップの生産量についてはいろいろなデータがありますが、まとまって紹介しているものがないため、まとめてみました。

ホップの総生産量は毎年10万トン前後で推移しています。

ホップ栽培に積極的な国では栽培耕地が増加傾向にあるため生産量を伸ばしていっています。ホップは気候に大きく左右される農作物であるため、その年の降雨や気温によって収穫量は大きく変動しています。

ホップの生産量を国別にみるとドイツとアメリカが約4割ずつとなっており、チェコ、中国と続いています。

それぞれのデータをみていきましょう。

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ニューイングランドIPAとは?

最近、ニューイングランドIPA(New England IPA)という言葉を国内でも耳にすることが多くなってきました。

ニューイングランドIPAは、大量に使用するフレッシュなホップの香りとソフトな口あたりを重視し、苦味を抑えたビアスタイルです。飲まれたことがあるかたは、今までのIPAとも大きく違うという印象を持たれたのではないでしょうか。

今回お声がけいただき、両国・麦酒倶楽部ポパイさんにて開催されているGood Beer Clubさんの勉強会でお話しする機会がありましたので、その内容を改稿して記事化致しました。

30分程度でしたので詳しく語りきれていないところが多いですが、今後また補足していければと思います。

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Brouwerij 3 Fonteinen(ドリー・フォンティネン醸造所)

ドリー・フォンティネン醸造所(Brouwerij 3 Fonteinen)は、ブリュッセルの南側にあるベールセル(Beersel)という町にあるブルワリーです。

由来のひとつとして、1883年にヤコブ・ヴァンデルリンデン(Jacobus Vanderlinden)と妻のジョアンナ・ブリエンス(Joanna Brilens)が開いた宿屋とカフェがあります。幾度か経営者が変わった後、町随一のランビックブレンダーとして有名だったベールセル町長のジャン=バプティスト・デナイヤー(Jean-Baptiste Denaeyer)が所有するようになりました。

同時期にドリー・フォンティネンの創始者となるガストン・ドゥベルデル(Gaston Debelder)と妻のレイモンド(Raymonde)は近くにあった「ドリー・ブロネン・カフェ(Drie Bronnen café)」で自分たちが造ったランビックを提供していました。このカフェ事体は後継者がいなかったために1953年に閉店しています。

1961年、ガストンは規模を拡大するため、デナイヤーの宿屋とカフェを購入しました。これがドリー・フォンティネン醸造所の起源になります。

オランダ語でドリー・ブロネン(Drie Bronnen)は「3つの泉」、ドリー・フォンティネン(3 Fonteinen)は「3つの噴水」を意味します。Drie=3に込められた意味は、ランビック、ファロ、クリークを注ぐためのハンドポンプに由来します。

1982年頃からは息子のアルマン(Armand Debelder)と、ヒド(Guido Debelder)とともに働くようになります。
仕事ぶりに満足し、1991年にアルマンにブルワリーを譲りました。

1997年、アルマンはHORAL(Hoge Raad voor Ambachtelijke Lambiekbieren)のチェアマンとなり、ランビックの普及活動を行うようになります。

ドリー・フォンティネンではジラルダン醸造所(Brouwerij Girardin)、リンデマンス醸造所(Brouwerij Lindemans)、ボーン醸造所(Brouwerij Boon)から麦汁を購入して、ランビック/グーズ造りを行っています。

1998年にはリース契約によるコンピュータ制御の醸造システムを導入し、翌年から麦汁造りも行うようになりました。

2009年に、ドリー・フォンティネンにとって不運な出来事が二つおきました。
一つ目は、リースしていた機材の買い手が見つかったということで、醸造設備を手放さなければならなくなったことです。
もう一つは、2009年5月16日、貯蔵室のサーモスタットが故障したことにより60℃まで室温が上がった結果、貯蔵していた8万本のランビックをダメにしてしまいました。そのうち1万6千本は瓶が破裂したそうです。
残ったランビックの一部は蒸留されてArmand’s Spiritsという名前で販売されています。

一度は諦めかけた自らの麦汁造りですが、近年、醸造者としてミヒャエル・ブランカート(Michaël Blancquaert)が加わり、2012年にはふたたび醸造機材を導入し、少量ながら自らの麦汁造りも再開しています。

2015/2016シーズンのランビックにはこの麦汁も使用されたとの発表がありました。
https://www.facebook.com/Brouwerij3Fonteinen/videos/1380639295294603/

さらに2017年には、ロトの町にソーシャルセンターを設立し、そこでランビック/グーズを造るようになるとのことです。

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