Botanical Beverage Works(1)

LINEで送る
Pocket

2015/03/18 下北沢のB&Bにて行われたイベントのうち、田口さんのプレゼンテーション部分をまとめました。

田口昇平 × ポン真鍋×坂口祐 「これからのビールのこと、 これからの四国のこと 〜Botanical Beverage Works と 四国食べる通信が語る」

田口昇平(醸造家・Botanical Beverage Works
ポン真鍋(株式会社四国食べる通信代表取締役 兼 編集長)
坂口祐(デザイナー/物語を届けるしごと

bbw01

Botanical Beverage Works

今日より少しよい明日を。

【田口】
Botanical Beverage Worksは、まだ会社を登記していないが、実体だけがある逆ペーパーカンパニー。
醸造所がまだなく、逗子にある小さなブルワリー ヨロッコビールにて仕込んだビールが本日のスペシャルビール。
以前、食べる通信でとりあげた柚柑(ゆこう)という徳島原産の柚子に似た風味のある柑橘があり、風味付けとして使用した。
百聞は一飲にしかず。

今はまだサラリーマン。静岡にあるベアードブルーイングという比較的日本で有名なビール会社で、中目黒とか原宿にもタップルームという直営店があり、東京でも気軽に楽しんでいただけるようなビール会社に、この3月末まで在籍している。
会社には正式に言わずにこちらに来ているが、どうやら社長(ブライアン・ベアード)はFacebookなどをチェックしていて、イベントのことを言ってないのに「明日がんばれよ!」と言われた。結構怒りやすい社長でドキドキするんですけど、無事ここまで辿りつけました。

もともと、ビール業界に大学を出てすぐに入ったわけではなく、もともと山が好きで東京農業大学で森林生態学を専攻していた。お酒が好きでビール造りにも興味があったが、卒業後はアウトドア業界に身を置いて、ビール熱は心にぐっと溜め込んでいた。
少し端折って、群馬の山奥でキャンプ場に勤務していた時に、ヤッホーブルーイングから営業の人がおみやげ用に置きませんかとやって来た。僕もよなよなエールが好きで飲んでいたので、ビールに対する想いを話した。

ちょうどその頃、銀河高原ビールっていう皆さんご存知の会社が破綻してしまって、ちょうどコンビニとかの棚が空いて代替需要ということで、その会社が凄く盛り上がっている時期で人手が足らないから来ないか?ということで、二つ返事で行きます!という形で遂にビールの世界に踏み込んだ。

【ポン】
何年前くらいですか?

【田口】
10年ぐらい前。

【ポン】
2005年くらい?

【田口】
そうです。
その時に行って、蓋をあけたら出荷担当だった。ちょっと騙された感じだったが、当時の上司にひと月に一回は直談判して毎月毎月しつこく言っていたら、製造を手伝っていいぞという話になった。そこから僕のビールキャリアが始まった。
ここの会社は大きくて、今だとコンビニとか結構いろんなとこで見られる規模になってます。

【ポン】
たぶんよなよなとか、ここに来ている皆さんはご存知ですよね?
このへん余裕で飲んだことあるよってかたはどれぐらい居ますか?
あー、もうほとんどですね。田口くんが作っていたやつを飲んでいたわけですね。

【田口】
そうですね。

【ポン】
凄いね!

【田口】
そうですね!
本人としては全然、そういった実感はなく、本当に物づくりという仕事が好きでやっていた。そこで製造に携わっていた。この「前略 好みなんて聞いてないぜSORRY」など、名前は僕が付けたんじゃないけど、会社ぐるみでちょっと変わった新しいビールを造ろうとかいうプロジェクトなど面白い仕事を続けてきた。


【脚注】
銀河高原ビール:1996年7月、東日本ハウスの子会社として銀河高原ビール株式会社を設立。岩手県和賀、岐阜県高山、熊本県阿蘇、栃木県那須に工場を持ち8000kLの醸造規模であったがブームの沈静化により高原販売株式会社(負債190億円、2002年6月特別精算)と銀河高原ビール株式会社(負債126億円、2006/03/09特別清算)の2回の大型倒産を経て、関連会社の東日本沢内総合開発株式会社が引継、2010/02/01に株式会社銀河高原ビールに商号変更。2012/01/28に株式交換で東日本ハウスの完全子会社となった。現在の生産量は1800kL。

ヤッホーブルーイング:1996年5月、星野リゾートの子会社として株式会社ヤッホーブルーイングを設立。2014/10/01キリンビール株式会社が33.4%の普通株式を保有する形で資本業務提携を行い一部製品の製造を委託。地ビールメーカーとしては国内最大手。醸造量は非公開だが5000kLに達すると言われている。

当時の上司:石井敏之氏。米国Stone Brewing Co.を経て、2001年5月にヤッホーブルーイング入社。定番商品の品質改善とリアルエールの普及に尽力。2010年2月にグアムへ移住し、ISHII BREWING COMPANYを設立。MINAGOF(ミナゴフ;チャモロ語で幸福を意味する)のブランドでビールを醸造中。

田口昇平:1980/01/17生まれ。広島県広島市出身。東京農業大学 森林総合科学科、パタゴニア、無印良品を経て、2006年にヤッホーブルーイング入社。2012/11/30退社。2013/01/03よりベアードブルーイングのプラントマネージャー。

ブライアン・ベアード:Bryan Baird。アメリカ・オハイオ州出身。大学時代に日本のものづくりの精神に深い興味を抱き、ものづくりが尊敬される日本であれば、正しい醸造方法から造られたビールは必ず評価されると考え、日本でブルワリーを立ち上げる。


【田口】
その後、今いるベアードブルーイングという沼津の港の脇にあった小さなブルワリーだったんですけど、伊豆の修善寺に大きな工場を作るという話があった。
僕はヤッホーブルーイングを辞めて、独立して自分の会社を作ろうと思っていたんですけども、そこにスッと心の隙間にベアードブルーイングの社長が入り込んできて、工場を立ちあげるから手伝わないか?と言われた。一生のうちに工場を立ち上げるというイベントが果たして何回あるかというと、あるか無いかの話なので、これは良い話だと。
僕もヤッホーブルーイングのみんなも、日本のクラフトビールを作っている人たちが認めるブルワリーがベアードブルーイングで、ビールに頑固な社長が作っている。本当に哲学がしっかりしている。そういう人と一緒に仕事ができるならということで、三年経ったら僕は独立するからという約束で移籍した。二年ちょっと前なので、まだ三年経っていない。

【ポン】
ヤッホーのトップブルワーからプラントマネージャーに。

【田口】
工場というのは機械的な知識とか運営的な部分で、大きくなるにはいろいろ必要だということで、助けてくれということで三年という約束で入って主に機械とか担当していた。ベアードブルーイングは直営店の飲食を運営しているので、僕も会社を作ったらタップルームというか、テイスティングルームを造って、皆さんに直接飲んでいただける場を作っていただけたらなと思っていたので、そういう場を作るノウハウを作るという意味では、お互い良い関係だなと思って移籍した。


【脚注】
ベアードブルーイング:合資会社ベアードブルーイング。2000/03/13設立。沼津港の近くに2000年3月タップルーム沼津フィッシュマーケットをオープン。2001年1月に酒造免許を取得し30L仕込みで醸造開始。2003年に250Lの醸造設備に拡張。2006/01/01にブルワリーを移転した際に駿河ビール(2002年11月 自主廃業)の1000L醸造設備を導入。2008年5月タップルーム中目黒オープン。2009年8月タップルーム原宿オープン。2011年1月タップルーム馬車道オープン。2014年春にベアードブルワリーガーデン修善寺へ移設(酒造免許移転の交付は2014/05/15)。2014年6月タップルーム修善寺オープン。将来的には6000kLの醸造を目指している。現在の醸造量は移転前の倍である600kL程度。

【田口】
三年経たないうちに独立したくなっちゃったので、いいですか?と。
怒るとすごく怖い社長なので、まずは
メールで、明日話したいことがありますと送ったら、まだるっこしいんで、今すぐメールで書けと返事がきた。
こうこうこうで、今がその時だという話をした。僕は5月に辞めるのが良いかなと思っていたら、3月で辞めていいよと。ズッコケるような感じで。

もともとヤッホーブルーイングに居た頃からビール醸造所を作りたいと思っていたので、想いとか計画とかは煮詰まっていて溢れ出すくらいだったので、すぐにまとめた。

僕が始めるのは香川県高松の仏生山という地域。

その前に候補地をいろいろと探していた。今、振り返るとキーワードは柑橘のフルーツだと気付いた。
最初は神奈川の真鶴。特に理由は無いのですけども良いなと直感的に思った。いろいろ調べたら、お金もかかるし土地もないから難しいかなと。
今度は南伊豆ですね。柑橘天国で種類もいっぱいあるし、温泉もあるし、住む上で凄く良いなと思ったんですけど、結局、 仏生山に落ち着いたのは、やはり人ということで。ポンさんや坂口さんとか、いろんなかたがいらっしゃって、僕一人でブルワリーを立ち上げるには、免許とかや建物など、つながりがないとできないことなので。
柑橘、高松は柑橘王国なので、柑橘がある中で、こういう人の結びつきで選ばれたというか、運命的なディスティネーションですね。

【ポン】
僕らは1年くらいラブコールを送っていた。僕は「四国食べる通信」とは別に「株式会社459」という会社を立ち上げていて、今は地域資源をいかに世に発信するかということをテーマにやっている。行き着く先はビールの会社になってもいいくらい、すごくクラフトビールに可能性を感じていて、地元に素敵なパブがある。そこの店長の繁さんと、絶対に四国で工房をつくりたいという話をしてたのですが、僕らは作り手ではなくて。やっぱり本物を造らないと意味がないし、そういう人と手を携えてやりたいと。その話を1年から2年前にしていて、ちょうど1年くらい前に田口くんと知りあって、これは田口くんに来てもらうしかないと。そこから熱烈ラブコールを。

【田口】
そうですね。去年の7月くらいに大阪でビアフェスがあった。ベアードブルーイングで繁さんというかたがやっているパブのオリジナルエールというのを作っていた。オリジナルエールを樽で造ると、僕らは完成まで見届けるが、飲むことができない。僕らも出掛けていって自分たちの子供のようなビールをテイスティングが初めて出来るという状況。ずっと行ってなかったので、これは失礼だと思って。CRAICというお店なんですけども、訪ねたらポンさんが待っていた。他にもビールに興味がある人がたくさん集まっていて、帰りには瀬戸大橋が爆破されて帰れないんじゃないかというぐらい。


【脚注】
ビアフェス大阪:2014/07/19〜21 京セラドーム大阪スカイホールにて開催。ベアードブルーイングの出店者として田口さんは参加していた。田口さんが香川に行ったのは21日の夜から22日。

CRAIC:IRISH PUB THE CRAIC。JR高松駅の近くにあるビアパブ。
〒760-0021 香川県高松市西の丸町7-8 2F

繁さん:CRAICのオーナー小林繁輝さん。


【田口】
正直な話、香川というと水不足によくなっていたので大変かなと思って。今だから言うけど興味が実は無かった。
しかし、人々の熱意。やっぱり知らないということは怖いこと。実際香川でいろんなかたの話を聞くと、素材の宝庫だし、お遍路さんの文化があるということで、人が排他的ではないというか、受け入れてくれる。
僕はこう見えて、生まれながらの人見知りで、そういう性格なのですけど、人がよくないと恥ずかしくて物も言えないというところがあって。信じてくださいね。
そうやって熱烈にラブコールを送っていただくと、人の脳味噌は一転そっちで考えだして、次から次へと可能性が出てきて、じゃあ香川でやりますと。

次に尋ねたのは10月。仏生山というのは温泉があって。
ヤッホーブルーイングは長野にあるのですけど、温泉が大好きでいろいろ巡っていて、仏生山の温泉に入った瞬間、素晴らしい!浸かって三秒くらいした時に、香川でやろう!と。

【ポン】
温泉がキーだったわけですね。


【脚注】
再び香川を訪れたのは2014/10/17〜20。仏生山温泉に浸かった運命の日は2014/10/19。

【ポン】
こういう温泉というか銭湯なんですけども、凄い素敵な銭湯。仏生山温泉といいます。2005年が2006年にグッドデザイン賞をとっている。凄い素敵な建物でデザインも良いのですけど、お湯がむちゃくちゃいい。
四国で唯一の炭酸泉。ちょつと気泡が肌につく。
来てくださいね!
食べる通信は仏生山温泉から100mくらい北に行った所に今事務所を作っている。
岡さんが番頭。建築もデザインもされている。

【田口】
このかたが僕と漢字も同じ昇平という名前で、W昇平と呼ばれいるのですけども、温泉を設計しただけあって、温泉に対する熱が凄くて、ビールの話なんかせずに、僕も温泉の知識を総動員して温泉の話ばっかりしていた。こういうかたに巡りあって、本当に迷いなくここでやろうっていう。そういう時って多分皆さんも特に理由なんてなくて、スコーンとここは良い所だからやろう!というふうに思って。
会社をまだ立ち上げていないけど。

【ポン】
今後、温泉とビールがセットになるということですよね。
僕らは「四国食べる通信」というところで、四国のよりすぐりの食材を集めている。僕らは商店や食堂を今後作っていくので、四国の美味しい食べ物も食べれるというワンストップで癒される場所を作ろうというわけです。


【脚注】
岡昇平:設計事務所 岡昇平 代表。1973年香川県高松市生まれ。仏生山温泉番台。

仏生山温泉 天平の湯:2005年設立。2007年グッドデザイン賞受賞。


後編へ

LINEで送る
Pocket